「アスペルガー症候群の子育て200のヒント」読了。
著者の子どもが診断を受けたときにもらったカードをまず引用。
ASについて
ASは、自閉症に共通するところの多い障害です。ASの人たちの外見や声には異常はありませんが、社会的な状況を読み取ったりその場の状況にかなった会話をすることが困難です。ASの人たちは、礼儀知らずでぶしつけで横柄に見えるでしょうし、奇妙で風変わりで何を考えているか分からないようなふるまいをするかもしれません。
ASの人たちは、生涯に渡って困難をきたします。知能も、平均的なところから天才と言われる非常に高い人までさまざまです。決して悪意はありませんので、辛抱してお付き合い下さい。
「礼儀知らずでぶしつけで横柄で奇妙で風変わりで何を考えているかわからない、
でも悪意だけはない者ですので辛抱してお付き合いください」
っつって採用してくれる会社や仲良くしてくれる友人がいたら
一生ついてくわ……。
基本的にはASの子の親に渡すカードだろうからこの内容でいいんだろうけど
普通の対人関係でこのカード渡されたらみんな逃げるだろうなあ……と考えて
かなり凹んだorz
本の内容自体にはアレンジしつつ自分の生活に取り入れられそうなアイデアも
少なからずあった。
その反面で「あ、これやられたら私は絶対に動かない」と思うものも。
例えばヒント63「チャレンジしてみよう」から抜粋。
「お茶の時間に、きちんと何分くらい座っていられるかしら? おとなしく座っているように覚えているのはあなたには難しいと思うわ」という風に言ってみます。
これで「そんなことないよ!」と奮起する子もいるのだろうけど、
私なら試されている感が大嫌いなために
「そうだね。難しいだろうね」と答えるのみです。
試されている感を感じ取った瞬間にできることでも一切やりたくなくなります。
例えば「大声で叫ぶのをやめたら、質問に答えてあげるわよ」というように、
公式通りの言い方をします。
これはヒント75の「『AをしたらBをする』の公式」からの引用。
子どもが限度を超えそうになったらこうしましょう、という話。
確かに大声で何度も質問していたと仮定して(私は大声を出さない子どもだったけど)、
質問に答えて欲しいと思ったら静かにするとは思う。
けど、こういう言葉は私にとっては
「条件付でないと言うことを聞いてもらえない」という解釈となり、
ひいては「親は条件付でしか自分を愛してはくれない」という考えに至ります。
これらはあくまで私という一ASの場合の話であって、
他のASには有効な手段なのかもしれないけれど
とりわけヒント63と75にはスルーできないくらいの抵抗を感じたということで。
蛇足ですが、著者自身もヒント57で
「一人一人それぞれの事情に合わせて、
取り入れるところ、切り捨てるところ、変えるところがあっていいのです」
と書いています。
「~200のヒント」に続けて読了したのが「自閉症児の困り感に寄り添う支援」。
こちらはASに特化されたものではない。
けれど、自分の特性が非常にわかりやすく説明されていた。
例えば第2章「乗れる島の少ない子ども」では、
海(=生活全体)と海に浮かぶ島(=生活の中に存在する物事)に例えられており、
自閉症児は大人からの意味の敷き写しが困難なために
持てる島が非常に少ないことが図とともに解説されている。
私の生活では9割以上のことが「どうでもいいこと」に割り振られている。
この「どうでもいいこと」の中には社会的視点では
「どうでもいいはずがない! 重要だよ!」ということも含まれているようだが、
私にはどうしても何故重要かが理解できないというものも少なくない。
これは恐らく子ども時代に周囲の大人からの敷き写しが上手くできなかったのだろう、
と理解できた。
他にも「なるほどなー」と思うところが多々あってかなり有意義な本だった。
この2冊を読んで思ったこと。
どちらも親をはじめとするAS・自閉症児の支援をする大人のための本故に
AS当事者である私に参考にできる点は想像通りに少なかったw
これはまあ仕方がないとして、
私は無償の愛なるものを感じたことがないため、
出てくるエピソードのいろいろに羨ましくなってしまったのが問題。
子どもを理解、そして支援しようとする大人の存在を感じながら育てば
私の人生はだいぶ違っていたのだろうなあ……と悲しくなってしまった。
「ASの私」にはある程度有効であると同時に「ACの私」には
愛されてこなかった自分というコンプレックスを刺激されまくって相当にキツい。
一刻も早く無償の愛なるものに見切りをつけなきゃならんと
わかっちゃいるけど難しい。
腹が立つことや足がすくむことの根底に不安があること、
その不安はどこからきているのかがよくわかったのは収穫。
支援者が「AS・自閉の子にそのような不安を持たせないためにどうすればいいか」は
いろいろ書かれている。
でも当事者が支援者を兼ねてそれらを実行することは不可能なので
主治医を除く支援者のいない当事者である自分が
どうしたらいいかは全く以ってわからない。
その他の最近読んだ本。
「うちの妻ってどうでしょう?」1巻、「気がつけばいつも病み上がり」、
「新装版土曜ワイド殺人事件」、「ソルフェージュ」、
「バカとテストと召還獣」1巻、「ある日、爆弾が落ちてきて」。
小規模シリーズでは妻のケツに敷かれてる感満載だった福満さんだが
「うちの妻って~」ではかなり反論もしていることが判明w
「敵か!」って私も使ってみたいwww
「気がつけば~」は可もなく不可もなく。
うさの行動のいちいちに脳汁プシャーには同意(*´д`)
「土ワイ~」は前々から気になっていたもの。
想像どおりのおもしろさ。
でも今の若い人にはあまりうけなさそうでもある(´・ω・`)
予告(ゆうき)→ネーム(とり)→下書き(ゆうき)→ペン入れ(とり)で描かれたらしい。
できれば予告と下書きがとり・みきでネームとペン入れがゆうきまさみという
バージョンでも描いて欲しいが実現はしないだろうなあ。
「ソルフェージュ」はまあまあ。
もうちょっと先生の性格につっこんだ一篇があればよかったかも。
アニメ「西洋骨董洋菓子店」の第一話をこの間見たけど作画がひどいなorz
「バカと~」はノリとしてはドクロちゃんに近かった。
ドクロちゃんの方が上手いしおもしろいけど及第点は超えているかと。
取り敢えず続刊も読んでみる気になる程度にはおもしろい。
「ある日、~」はamazonでの評価が高かったので読んでみたのだけれど
期待が高すぎたからかこれはちょっとハズレだったかもしらん。
「トトカミじゃ」だけ長編化して欲しい。
表題作の汗が爆発ってので昔読んだ竹本泉の漫画を思い出した。
漫画のタイトルが思い出せない(´・ω・`)
最後に収められている「むかし、~」はひどい。
話は別にひどくないんだけど
本文中で「セーラー服」と書かれているのに挿絵はシャツってどーなのよ。
先日の通院。
行ったら他の患者さんが次回予約日を決めるために受付で話していたので
私は邪魔しないようそっと診察券と保険証をカウンタに出した。
話していた患者さんが帰ったのとほぼ入れ替わりで別の患者さんが来て
カウンタ内に話しかけながら診察券を出した。
診察室から呼ばれたのは私の次の患者さん。・゚・(ノД`)・゚・。
理不尽だと感じて私は非常に不機嫌になってしまった。
私の後に来て先に診察を受けた人の次に診察室に呼ばれ、
先生にいろいろ話しかけられるも気分を害しすぎてしまって
まともに返答する気になれず、
先生の話を遮って「先に言いたいこと言っていいですか」と
自分はちゃんと予約時間を守ってきたことと
先に診察を受けた人より先に来ていたことを伝えた。
後から思うと大人げないことこの上ないのだけれど、
その場ではどうにもならんかったです……。
主治医もカウンタもちゃんと謝ってくれたので気が済みました。
カウンタに別の患者さんがいても診察券を出すときには
声をかけてもいいらしい。
邪魔しちゃいかんとばかり思っていたよorz
今回の診察で話したことは、
これから認知療法を始めること、
次回から日常の中での困ったことや食い違ったことを
いくつか紙に書いて持って行くこと、
世間にはあるけど私にはない概念を覚えていかなければならないこと。
最後のがめっさ困難そうで今から憂鬱('A`)
天鳳の6月の月間ランキングで私とは思えない順位にwwwww
天国モードすげーwwwwwwwwwwwwwwwwww
特上行ったとたん天国終了で放銃率がえらいこと上がってるけどなorz